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 第177回 反日デモの背景と今後の課題

 最近の中国各地の反日デモの背景について、多角的・客観的に分析を試みたい。

[一]時代的背景
-1868年の明治維新と1978年の改革開放には出発点で3つの共通点がある。
① 鎖国を解いたこと。“改革開放”の“開放”は“対外開放”の意味。
② 鎖国を解いたら、国家の存亡に関わる事態に直面した。
日本:帝国主義列強のアジア侵略の矛先を受け、被植民地化の恐れ。中国:高度経済成長・情報化社会への変革を遂げた先進諸国の中国市場支配の恐れ。
③ 指導者が一気に若返ったこと。
日本:維新の志士と言われる人々は20〜30代の若者。維新政府の指導者に。
中国:文革世代の陥没と情報化社会へ対応、現場責任者クラスが20〜30代に。

次に発展プロセスにおける共通点がある。
① 約10年後に大きな揺れ戻しを経験し、その後、本格的な発展をしたこと。
日本:明治10年の西南の役。
中国:89年の天安門事件
以上の比較から、中国の今後を考える時、日本の<その後>が大変参考になる。日本は維新後30年で日清戦争、40年で日露戦争に勝利し、国威が最大限に発揚される時期を迎えた。維新時20〜30代の世代が、百戦錬磨の50〜60才・60〜70才の時期にあったこととは無縁ではない。中国は、改革開放から30年後の2008年に北京オリンピックを迎える。2005年までの第10次5カ年計画で国内物流インフラ整備がほぼ全容を現し、巨大経済圏が続々と形成されている中国が、国力の大幅な伸長期に指しかかっている事は事実で、百年間、帝国主義列強に蹂躙された国民のナショナリズムもこの時期の明治の日本同様に高揚している。この中国の国威発揚が日本のような対外戦争による国威発揚にならぬよう、諸外国は、中国を国際的な共存関係に迎え入れる寛容な姿勢を求められることになる。


[二]国内的背景
1)共産党の求心力と愛国教育
90年代の改革開放の本格的発展は、反比例的に共産党の求心力の弱体化を招来した。これに危機感を抱いた江沢民は、求心力回復の手段として愛国教育を展開、これにダブらせる形で共産党の権威を回復させようとした。
ここで問題になるのが中国における愛国心のあり方である。56の民族の複合体である中国では、日本的家父長型国家における内向きの愛国意識は育ちにくい。団結と一体感には必ず共通の外敵が必要である。中華世界に絶大な人気を持つ金庸の小説に登場する愛国は全て、元・金・清など異民族の侵入に対するものであり、2年前、サーズの脅威にさらされた時、愛国主義が久々の高まりを見せたこともその証左である。
江沢民が愛国を鼓吹するとき、共通の敵として最も好都合であったのが日本である。1919年、第一次世界大戦のパリ講和会議で、ドイツの山東における権益の継承を迫った日本の要求に段祺瑞内閣が“欣然として同意”した事が暴露されるや、中国全土に反日の嵐が吹き荒れた。有名な五四運動で、ここから、五四の思潮・五四文学が芽生え、近代中国の覚醒に繋がった。反日はまさに中国近代化の原点であり、これにさらに抗日戦争の歴史が加わることで、反日は、中国人の愛国とは切っても切り離せない関係にある。以上のような理由で、90年代、反日を基調とした愛国教育が展開されたのである。
2)国内社会の不安定要因
中国は国土の10%強の耕地に7億の農民がひしめき、一人当たりの耕地面積は日本の農民の半分しかない。さらに、森林が少なく有機肥料が足りず、化学肥料に頼り生産コストも高くつくため、穀物価格が国際市場の取引価格をはるかに上回った。このため、WTO加盟により、穀物農家を中心に一層の余剰労働力が生まれ、その多くが省域を越え、特に東部沿海地方へ集中した。2004年、1億4千万人にも達したこれら流動人口は多くが家族単位による移動であり、単に就労問題にとどまらず、様々な社会問題をももたらした。義務教育段階の学校の極端な不足、小児に見られる破傷風の異常な発生率の高さ、正式な医療機関以外での分娩による妊婦の死亡率50%という数字はその一端に過ぎない。これを放置すれば社会の崩壊に繋がることから、政府は一昨年から“三農”(農業・農民・農村)問題の解決を最重要課題として掲げ、これら流動人口が回帰するような魅力ある農村作りと流動人口の都市へのソフトランディング、という2正面作戦を展開している。
この流動人口・出稼ぎ労働者達は、改革開放で経済発展の恩恵を存分に享受している階層に対し、また自分たちの流動を生んでいる共産党に対し、大きな不満を抱いていて、常にそのはけ口を求めている。この点から、反日デモで、組織したのは学生でも、そこに加わって過激な行動に走るのは付和雷同型の一部学生と外部からの若者、といった構図が出来上がる。
アジアカップのとき、北京で反日の騒ぎが起こったが、北京のスポーツファンのマナーがイギリスのフーリガン顔負けで、“京罵”と恐れられていることはあまり知られていない。国内試合でも、街で暴徒化したり審判に暴行を加える事件が頻発している。反日はその行為を正当化しようという隠れ蓑に過ぎない点がある。
3)江沢民の影響力とタカ派
日本における対中国強硬派台頭の引き金になったのは、江沢民の宮中晩餐会での発言であった。天皇が中国を訪れ、中国人民に対する思いを伝えたにもかかわらず、それを最高の接待の場で蒸し返した事が憤激を呼んだ。現在、政権が胡錦濤に委譲されたとはいえ、江沢民が依然強い影響力を保っていることは、最近の人民日報が軍事・国防面を中心とした江沢民の思想・著書を紙面の重要の位置で喧伝し続けていることからも明白である。台湾の陳水篇総統が最初に当選したとき、軍が台湾海峡にミサイルをぶち込み、却って陳水篇を助けてしまったことから、2期目の選挙では強硬派がその行動を厳しく押さえ込まれた。しかし結果は再選を許すことになり、台湾独立運動や日米軍事同盟の強化に対する強硬派の発言権が急速に増した。こういった状況下で、中国外交は、対外強硬モードの時期にあり、それが中国政府の姿勢に如実に反映されている。

[三]外交カードとしてのパフォーマンス
周知の如く、今回のデモ発生の背後に、日本の安保理常任理事国入り問題と、ガス田開発・尖閣列島問題などがある。日本の安保理常任理事国入りに中国が拒否権を発動する為の国際世論の環境作り、という視点もある。ガス田開発・尖閣列島問題について言えば、中国特有の“討価還価”(値段交渉)の世界がある。交渉双方が、まず最も有利なポジショニングをして、その後、交渉で一歩ずつ譲歩して落としどころを見つけるのは中国5000年の伝統的手法と言えよう。ガス田開発について言えば、最後に共同開発に合意できれば、中国側としては十分所期の目標は達成したことになる。
日本について言えば、こういった中国の伝統的外交手法にあまりに慣れていない。日本人は、譲歩できるところは最初に譲歩してしまう。譲れないところは徹底的に譲れない。したがって中国とは交渉スタイルが全くかみ合わない。相手の最初のポジショニングを見て、ショックを受けてしまう。日本が試掘権認可に踏み切ったことは、ガス田問題に限って言えば、日本が自分のポジショニングを明確に打ち出した行為として評価できる。あとは“討価還価”である。中台関係は、政治的には厳しく対立しているのに経済や民間の交流は別世界のように進展する。建前と実質の使い分けがわかっているからで、過去の日本はこの使い分けが上手くできなかった。最近“政冷経熱”という言葉が出てきたのは、その意味では大きな進歩だった。ただ、今後の“討価還価”のルールとして、中国が過去の歴史問題を持ち出して交渉を有利に進めようというやり口だけは取るべきではないだろう。


[四]日本側の責任
今回のデモの最大の要因は、小泉首相の靖国参拝問題にある。小泉氏の「不戦の誓いをしに参拝に行くのだ」という主張は、日本人ならある程度理解できる。しかし、中国人の社会通念とは大きく異なる。中国では冤罪を被った人の無罪を立証するのに“平反”という習慣がある。しかるべき立場の役人が出席して、宣言を読んだり花輪を捧げたりして、初めて無罪が立証される。文革期間が終了した後、各地で“平反”大会が開催されたことは記憶に新しい。その感覚からすれば、小泉氏が内閣総理大臣という肩書きで戦争犯罪人が祀られている靖国を参拝するということは、日本が「彼らが無罪である」と公式に宣言したことになる。「では、責任はどこにあるのか、それについて日本は明確にしていない。まさか中国にあるというのではなかろう。」ということになる。戦争犯罪人を確定した極東軍事裁判は戦勝国が戦敗国を裁いたもので、その正当性については様々議論もあろう。それはそれとして、中国側としては日中戦争の責任の所在を曖昧にはできない。
「靖国参拝は日本国内での行為であり、日本では「死ねば仏」という言葉もある。中国人の価値観を日本に持ち込むのは内政干渉だ」という意見も根強い。これも一理ある。しかし、グローバリゼーションの時代に、たとえ国内であっても、その事が外国人、特に事件の被害者に関する場合は、格段の配慮が要請されることは常識である。日本が長城線を越えて中国内部にまで軍を進めたことは明らかに侵略行為であり、昭和天皇が軍部のこの行為に激怒したことは、元宮内庁職員から直接聞いている。中国人の感じる心の痛みに配慮し、きちんと説明する努力を続け、時には分祀に踏み切る配慮も必要であろう。
数年前アメリカで航空ショーがあり、そこに原爆を投下したエノラゲイが展示されることになった。その時、日本の原爆症患者支援者が出かけていき、「原爆症患者の神経を逆なでするな!」と抗議した。アメリカ側は、「原爆投下を正当化するための展示ではなく、航空機発展史の一環として展示するのだ」と弁明したが、日本ではマスコミも大きく取り上げ、心ない行為として非難した。日本側の抗議はアメリカへの内政干渉と片付けられてよいものではない。しかし、靖国参拝問題は、まさに日本が逆の立場に置かれた同質の問題であり、日本人はこの点をよく反省すべきである。
更に中国側から見れば、小泉氏の行為は首相就任以前からずっと継続された行為ではなく、その点、総理総裁として自民党の支持基盤を意識したものとしか思えない節があり、更に、終戦記念日に靖国神社へ行けば、目を疑うような大東亜戦争全面肯定者の跋扈が目に映る。そこに首相が参拝して「不戦の誓い」と言っても頭から信用はできない。
郵政民営化の是非は別として、きちんとした説明に乏しい首相の態度に、改革を支持する人もやきもきする。まして外交では誤解を招かないよう周到な説明・説得が必要になる。その面で、長期に渡る小泉氏のにべもない対応に遂に中国側がキレた、という側面も無視できない。今回の問題で深刻なのは、多くの知日派の中国人でさえ、これまでの日本政府の対応に対し不満と怒りをぶつけていることであろう。


[五]マスコミの責任
「中国のマスコミは日本の姿を正しく伝えず、南京大虐殺のことばかり流して反日を煽っている」と思っている日本人は多い。確かに中国人の日本における犯罪はほとんど報じられないし、他にも中国政府にとって都合の悪い事が伏せられる、という事実もある。
しかし、その一方で日本のマスコミが公平に報道しているかというと、公平とは程遠い事が日本人にはほとんどわかっていない。例えば、「中国はODAについて日本の貢献を全く国内に紹介していない」と言う。しかし、北京空港改修に関する日本側の抗議があった後、人民日報はしばしば日本のODAがどんなに役に立っているかを紹介する記事を掲載した。しかし、この事は日本で少しも報じられていない。日本の援助がほとんど有償援助であり、中国は優等生と言えるほどきちんと返済していることもほとんど知られていない。「中国の新聞は、日本の教科書は全てが扶桑社の教科書のように書いている」と言うが、今年1月、人民日報が日本の教科書制度を紹介する大きな記事を載せ、別の教科書の内容も詳しく紹介している。何よりここ数年、日本の庶民生活を好意的に紹介し、日本に学ぼう、と言う積極的な記事も本当に多くなったが、日本の新聞はそのどれほどを紹介しただろうか。温家宝首相が新潟地震にポケットマネーを寄せたこと、王毅駐日大使が着任時に近所の人々を全部招いて、「隣に引っ越してきた者です。どうぞ宜しく」と挨拶したこと、こういった心温まるエピソードをどれだけ紹介しただろうか。中国青年が命を犠牲にして人命救助したことについて日本のマスコミは相応の敬意を払っただろうか?90年代にある北京駐在の大手新聞社の記者が私に「中国の良い面・悪い面を紹介した記事を本社に送ると、圧倒的に批判的記事が採用されてしまう」とこぼした事があったが、こういった日本側の情報操作も大いに糾弾されなければならない。今回のデモでもNHKは9日から朝昼晩、破壊行為の同じ場面を流し続けた。見る人は連日執拗に繰り広げられているような錯覚に陥る。そのことにNHKは気が付いているだろうか?
日中関係は経済面での相互依存は後戻りできない段階にある。だからといって、日本側が「中国も適当なところで譲歩せざるを得ないだろう」とタカをくくり、中国側も「日本は中国市場から撤退などできない。どこかで折れてくるだろう」とタカをくくってはいけない。民衆のエネルギーは歴史の中で、しばしば理屈を越えた変動をもたらすのだから。
こんなときこそ、民間のパイプを更に太くし、日中の良識ある人々を糾合し、政治に押し流されない強力な輪を広げなければならない。その意味からも、中国の若者には、無差別な反日がいかに多くの良識ある人々まで傷つけ、これまでの友好の努力と財産を失わせ、将来の日中関係に大打撃を与えるかを認識し、自制を促したい。日本の若者には、表面的な事象にとらわれて嫌中感情に流れることなく、歴史的経過・事態の原因にしっかり目を向け、日本人としても成すべき事があることを認識してもらいたい。

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